浄土真宗といえば、親鸞聖人がお開きになった宗旨であるということはご存じのことと思います。 その教えを一言で言うと、『歎異抄十二章(たんにしょうじゅうにしょう)』の、
本願を信じ念仏を申さば仏(ぶつ)に成る
ということになります。 では「本願を信じ」とはどういうことなのでしょうか?
本願とは、 もし私が仏(ぶつ)になって、生きとし生きるものが浄土に生まれされたいという私の変わることのない心を信じよろこび、お念仏申して、もし浄土にうまれることができなかったら、私はさとりを開きません。ただ、悪人と罪人に心が傾きます。 ということで、すべての「いのち」を生かしてくださる阿弥陀如来(あみだにょらい)さまのすべての者を「仏(ぶつ)」(目覚めた人)にしてやりたいという願いなのです。その願いに遇わせていただくことが本願を信じると言うことなのです。
本願とは、 もし私が仏(ぶつ)になって、生きとし生きるものが浄土に生まれされたいという私の変わることのない心を信じよろこび、お念仏申して、もし浄土にうまれることができなかったら、私はさとりを開きません。ただ、悪人と罪人に心が傾きます。
ということで、すべての「いのち」を生かしてくださる阿弥陀如来(あみだにょらい)さまのすべての者を「仏(ぶつ)」(目覚めた人)にしてやりたいという願いなのです。その願いに遇わせていただくことが本願を信じると言うことなのです。